精神科医のモハメッド・サディックの報告から次の実例を拝借します。

 

事例1

N夫人は震えに悩んでいて、コーヒーの入ったカップや水の入ったグラスを

こぼさずに持っていることができないほどであった。

ある朝のこと、N夫人と私が二人で向き合って座っていると、

彼女は例によって震え始めた。

そこで私は、一度逆説思考を試すことに決めた。

それこそユーモアたっぷりにやるのである。

Nさん、ひとつどうでしょう。震える競争をふたりでやるというのは』。

(彼女)『どういうことでしょうか』。

(私)『どちらが速く、どちらが長い間、

震えることができるか試してみるんです』。

(彼女)『あなたも震えに悩んでいるとは存じませんでした』。

(私)『違います。そうではありません。ですが、やろうと思ったら、

震えることができるんです』。

そして私は震え始めた。

すると彼女は、『まあ、私より速く震えることができますね』と言って、

笑いながら自分の震えを早め始めた。

(私)『もっと速く。さあ、Nさん。もっと速く震わせないといけませんよ』。

(彼女)『でも無理です。やめてください。もう続けられません』。

彼女は本当に疲れたのだ。それから彼女は立ち上がって、キッチンに行って、

戻ってきた

……コーヒーの入ったカップを持って。

彼女は一滴もこぼさずにカップを飲み干した。

それからは、彼女が震えるのに気付いたら、こう言いさえすればいいのだ。

Nさん、震える競争はいかがです』。すると彼女はいつもこう言う。

『もうかんべんしてください』。

それは、いつでも効き目があった。

 

事例2

私は、ある職に応募して、面接を受けることになりました。

その職は、私にとってたいへん重要でした。

私は、たいへん神経質になり、いい印象を残そうと必死でした。

ところが、私は、神経質になるといつも、足がけいれんします。

それも、周りの人が気づいてしまうほどにです。

その時もそれが起こりました。

けれども、そのとき私はこう自分に言い聞かせました。

『今から、この筋肉の野郎を痙攣させてやる。

座っていられないくらいにしてやる。

飛び上がって部屋の中を踊りまわって、

頭がおかしくなったとみんなが思うようにしてやる。

今日は、これまでになかったほどこの筋肉野郎を痙攣させてやるんだ。

今日は痙攣の新記録が出るぞ』。

すると、筋肉は、面接が終わるまで一度も痙攣を起こしませんでした。

私はその職を手に入れました』。

 

 

どもりの症例に対する逆説志向の適用を論じた文献は数多い。

マンフレッド・アイゼンマンは、フライブルク大学提出の学位論文(1960年)で

このテーマを論じている。

J・ルアンブルは、子供に関する観察を発表し、

代理症状がたった一度しか見られなかったことを強調している。

このことは、L・ソリオム、ガルサ=ペレス、レドウィジ、

C・ソリオムの観察結果と一致している。

そこでもまた、逆説志向を用いた後に代理症状は

一度も確認されなかったのである。

 

事例3

彼女は、夜の10時に自分の病室から出てきて、睡眠薬を求めた。

(彼女)『薬をいただけないでしょうか』。

(私)『残念ですが、今日は無くなってしまいました。

看護婦も、新しいのを注文しておくのを忘れていました』。

(彼女)『それなら、どうしたら眠られるでしょうか』。

(私)『今日は睡眠薬なしで眠っていただかないと』。

2時間後、彼女がまたやってくる。

(彼女)『どうもうまくいきません』。

(私)『どうでしょう。もう一度横になって、ひとつ気分を変えて、

眠らないように試してみてはいかがですか。

一晩中起きているように試してみては』。

(彼女)『私は自分の頭がおかしいとずっと思っていましたが、

あなたもそうみたいですね』。

(私)『それがあなた、頭がおかしくなるのが面白い時もあるんですよ。

そうじゃないですか』。

(彼女)『本気でおっしゃったんですか』。

(私)『何をです』。

(彼女)『眠らないように試してみるということです』。

(私)『もちろん本気ですよ。試しにやってごらんなさい。

あなたが一晩中起きていられるかどうか、ぜひ一つ知りたいもんです。

どうですか』。

(彼女)『いいですとも』。

朝になって、看護婦が朝食を運んで彼女の部屋に行った時、

患者は、まだ目覚めていなかった。

 

ニュージーランド大学の精神科医RW・メドリコットの実例

事例4

定期的な悪夢に悩んでいる一人の女性患者がいた。

彼女は悪夢の中で、いつも追いかけられ、最後には刺し殺される。

そして彼女は悲鳴をあげて目覚め、彼女の夫も目覚めるのだった。

そこで、メドリコットは彼女に、全力をあげて、この恐ろしい夢を最後まで、

刃傷沙汰が終わるまで見届けるように指示した。

その結果どうなったか。

悪夢は二度と見なくなった。

ところが、夫の安眠はあいかわらず妨害された。

患者は、睡眠中悲鳴をあげることがなくなったが、そのかわり、

大声で笑うので、

夫は今度もまたおちおち眠っていられないのだった。

 

M・ジェイコブズの実例

事例5

K夫人はすくなくとも5年前から重度の閉所恐怖症に悩んでおり、

南アフリカでジェイコブズの診察を受けた。

それは、彼女が南アフリカから故郷のイギリスに向かう一週間前のことだった。

彼女はオペラ歌手で、

出演契約を果たすために世界中を飛び廻らなければならなかった。

ところが、よりにもよって、飛行機、エレベーター、列車、レストラン、

そして劇場で頻繁に閉所恐怖に襲われたのである。

「そこで、フランクルの逆説志向の技法が用いられた」と

ジェイコブズは述べている。

事実、ジェイコブズは患者に対して、恐怖症を呼び起こす状況に身を置いて、

自分がこれまでずっと恐れてきたこと、

つまり窒息することを望むように指示した。

その場で窒息しよう、と彼女は自分に言い聞かせるように指示された。

さあ、「とことんまでやればいい」。

それに加えて彼女は、「漸進的弛緩法」と「脱感作」の指導も受けた。

二日後、彼女はすでに難なくレストランに行き、エレベーターに乗り、

バスにも乗ることができるようになった。

四日後、不安を抱かずに映画館に行くことができた。

また、イギリスへの帰路の飛行機に乗るにも予期不安を抱かずにすんだ。

その後、ロンドンから報告があった。

何年かぶりに地下鉄に乗れるようになったというのである。

治療期間はこれほど短かったが、1年3ヶ月後も、なんの症状の再発もなかった。

 

事例6

T氏は、12年間神経症に悩んでいるが、

精神分析を受けても電気ショック療法を受けてもなんの効果もなかった。

かれは、おもに窒息することを恐れており、食べたり飲んだり道を渡るとき、

窒息の恐怖を抱いた。

そこでジェイコブズは、いつも恐れているそのことをするようにかれに指示した。

「逆説志向の技法に則って、かれは、水の入ったグラスを飲むように渡され、

全力をあげて窒息してみようとするように言われた」。

また、「かれは、1日に少なくとも三度窒息してみるように指導された」。

されにそれと並行して、弛緩訓練も行われた。

そうして、患者は、12回目の治療のときには、

まったくなんの症状もなくなったと報告するまでになった。

 

事例7

驚くべきことに、

素人でもしばしば逆説志向を自分自身に用いて効果をあげることがある。

彼女は、3年間にわたって正統派精神分析の治療を受けていたが、

効果がなかった。

2年間、催眠療法家の治療を受け、それで広場恐怖は少し良くなった。

それでさらに6週間入院することになったが、無駄だった。

ともあれ、患者は手紙に次のように記している。

14年のあいだ、根本的に何も変わりませんでした。

14年の間、毎日が地獄でした」。

その後また、道を歩いても引き返して家に帰りたいと思うまでになった。

彼女の広場恐怖症はそこまでひどくなったのである。

そのとき彼女は、私の著書「人間の意味探求」で読んだことを思い出して、

こう考えた。

「これから、ひとつ、道を歩いている人たちみんなにみせてやろう。

バニック状態になって虚脱することが最高に上手なこの私を」。

すると、たちまち落ち着いた。

彼女は、ふたたびスーパーマーケットに向かって歩いて行き、

そこで買い物をした。

ところが支払いのとき、汗をかきだし、震え始めた。

そこで彼女はこう考えた。

「これからひとつ、レジ係に見せてやろう。

私がどれだけたくさん汗をかけるかって。

このレジ係、びっくりして目を丸くするから」。

帰り道になって、彼女は、自分がどれほど落ち着いていたかに気がついた。

そんなことがその後も続いた。

2・3週間もすると、逆説志向によって広場恐怖を克服することができた。

そして、以前自分が病気だったとはときどき信じられないほどになった。